¥370,657 | (税込制作代) | |
― | ¥64,750 | (地金の下取り代金) |
¥305,907 | (ご請求金額) |
土浦からご主人の運転でリフォームに来店下さった方、趣味でビ-ズをなさるとかで、お召しのセ-タ-にきらきらとスパンコールをあしらい、天然石のことも驚く程の知識をお持ちである。所有の宝石類をどの様に直したいかをよくよく考え、「オリジナルの加工ができるところへ・・・」と2時間かけてきたのだという。
「この石を中央にあしらってヘッドを作りたいのだけど、私は余り重くない方が好きなの・・・・」
お考えをはっきり言って下さるので、その様にラフスケッチを描いて、すぐにデザインが決まった。
ヘッドが出来上がった時、2時間の道のりを素早く取りに見え、車の中へ御主人を待たせたまま「思ったより素敵になった!!」と言って、素早くお帰りになる。
1ヶ月後再度ご来店で「イヤリングのブル-トパ-ズを指輪に・・」との御注文。このイヤリングを買った時の状況を何度もお話になり、手持ちの宝石に対して、子供の様に"愛おしむ"想いが、緊張感を伴って伝わってきた。
以前"猫との出会い"をシリ-ズで書いたのだが、それを読んでいて下さり、ご夫婦で来店下さった。
やはり猫がお好きで、動物愛護のボランティア等もなさり、自宅ではエイズにかかってしまった猫チャンを大事に飼育なさってらっしゃるという、誠に慈愛深い方達で、お話していても優しさが漂ってくる様であった。
「指輪は嵌めないので、ペンダントヘッドに・・・」とリフォ-ムをご希望。お母様が残して下さったという、サファイアの薄紫がとても良くお似合いと思われたが、自分自身の事は考えないのであろうこの優しいお方は、出来上がりを取りに見え時、「娘に・・・・」とおっしゃった。
つい最近、その映画女優のように美しく、且つ高邁な夢に向かって努力なさっているお嬢様を伴って再度来店。持参の立派な指輪2本は、今度もお母様の形見にも拘わらず、このお方には不似合いの為売却のご希望であった。私は現状の価格状況上、宝石を指輪から外して地金のみを売却した方が"得"と話した。
そして、いずれ時を経て、お嬢様が宝石を必要となさる時には、これらおばあ様の"想い"の滲みこんだ宝石達は、喜んで孫を守るのでは・・・?とも。
亡くなられたお母様の指輪を直して身につけたい・・・・と言って来店下さる方との出会いは、優しい空気を感じられ、嬉しいものである。
「このままでは使えなくて・・・」と、2本の指輪が差し出され、「こちらの方で・・・」と、翡翠を使ってシンプルなデザインにしたいご希望。
手を見せて頂くと、思った以上に"強さ"があるので、「"薄緑の中心石"を補助する"濃い緑の小粒翡翠"を両脇に2粒使用させて欲しい・・・・お値段の方も安いので・・」とお願いした。
出来上がりを取りに見えた時、大きな歓声をあげたまま、手に取る事をためらって「これ、あの石ですか?こんなになったんですか?」と、以前のイメ-ジとのギャップを信じられない風であった。
私は2個を壊す前の写真をお見せして、「印象が上品になったので、とてもお似合いですよ・・・」と大きな鏡を前に置いた。
自然の贈り物である"宝石"は、人間の内面と外面を、"よりレベルアップするもの"だと考えている。
明るくハキハキとおしゃべりする40歳代のご婦人が、「近くに勤務して、こんなお店がある、と知りました」と来店。「***(ブランド名)の銀座店で創ったんでが、物足りなくなってしまって・・・」「私に似合う様なオリジナルな物にして頂きたいのですが・・・」とおっしゃる。
2キャラ近いダイヤを使用のその指輪とお持ち頂いたその他の品々は、男物みたいなシンプルさで、大柄な女性ではあっても物怖じなさらない可愛らしさを漂わせている方には、味気なく無愛想に思える。
お話は、素人には珍しく詳しい宝石通というかブランド通で、聞き進む内に、宝石好きの父親に連れられて子供のときから宝石店を出入りしていたので、極普通のサラリ-マンと結婚してからも、臆せず出入りできる、と微笑んだ。「ヘッドとピアスをお揃いに・・・。」というご要望に沿って、ラフスケッチを描いてお見せする。数週間後、"自分自身のブランド"に目覚めた方に相応しいものを・・・と緊張しつつ制作た。
さだまさしの歌にもあるが、人は皆自分の人生の「主人公」であり、独自のブランドを持っているのであろう。
「アメジストを使って十字架を創りたいのですが・・・・」何度か来店下さっているYさんのご希望であった。
"十字架というのは、横線の人智を縦線の神智で斬ること・・・"また、"人間のエゴを天に繋がる愛で征すること・・・・"と、いつ、何の本からか誰に聞いたのか、出所が思い出せないままに、私の頭には入っていた。
"だから、横より縦の方を長くしないといけない"とも。
厚かましくない様に・・・と気遣いつつYさんとお話しているうちに、ご主人のお母様、お父様と同居のお暮らしで、道理で物腰も話方も謙虚で柔らかく好感がもてる女性であった。
以前にも、十字架は大小合わせると5つ程創っていた。不思議なことに、横線と縦線を交差しただけの形であるのに、今まで創ったものは、Yさんに似合うとは思われない。「なぜだろう?」と、お姿を思いつつ、十字架の形を創り始める。
ピアスのブル-トパ-ズを使用し、その他にアメジストを使ったこの十字架は、直線をくづした柔らかい形となった。
結婚の時ご主人から頂いた指輪を、子供の結婚が決まったので・・・結婚25周年なので・・・と、理由を持ってリフォームの判断で、「しまって置くだけではもったいない」とリフォームなさる方々が増えてきた。
Aのガ-ネットをリフォームのお方は、「石が大きいので中指にしたいのですが・・・」とおっしゃる。中指を見せて頂くと、両脇の指との間の?水かき?ともいうべき部分が非常に長い、という特徴がある。その為、指の付け根から下に指輪が収まり手が長く見える様に、考えた。
Bのサファイアをリフォームのお方は、リュウマチという予期せぬ病で、手は、使用出来ないと言う。「でも、美しく生きたい、使いたい!」とおしゃった。
安部総理が?美しい日本?を宣言していたが、この方と同年輩の私は言った。「私たち団塊の世代が美しく生きなくては、日本は美しくならないわよね-」
ヘッドは、彼女を明るく美しくしている。
「この石が大好きなんですが、くるくる廻ってしまって・・・・」と、30年くらい前に手作りされた典型的なリングをお持ち下さった。確かにこの大きさの宝石の割にリングが細過ぎる。
「廻らない様にするためには、手との接触部分を多くしなくてはならないのですが・・・・、少し他の石を使用させて頂いて宜しいですか?」
この美しい石は半透明でぼんやりと手が透けてみえる。何十年の年月を、舅姑を看取り、夫と共に農作物を育てながら、働く嫁にも協力して孫を可愛がり、昔ながらの料理にも精を出して、家族の為に明るく動かしてきたそんな80歳の御方の手には、この石の繊細な光は、弱過ぎて儚過ぎると思えたのだ。
「おまかせしますよ、少しダイヤを使っても良いと思っていたので・・・・」と気持ちよく了承頂けた。
オパ-ルのキラキラした光を、地に足をつけて生きてきた人にふさわしくなる様に透き通らない翡翠を両脇に収めて中 和し、安定感のあるものにした。
当工房から産まれた結婚指輪には「ポ-シャナ」(サンスクリット語で守護と言う意味)というブランド名をつけてあるが、中でも”セッション(共に支え合う)”というタイプのものは、そう名付けた所以が良く解り、多くのカップルに支持され受け入れられるている。
現在”セッション”タイプは、「手に馴染んで装着し易く結婚指輪ならではの特性を備えた指輪」として特許申請中であり、12種類ののデザインが完成されてる。その中のデザイン見本を、カップルそれぞれのアレンジで、銘々の人生を励まし続ける思い出深い品とした例を御紹介する。見本は、幅と厚みの違うものが6種有り、手のサイズと好みと予算により選んで貰った。「オリジナルなのに安かった」と喜ばれのは、仕上げも彫りも板張りもサービスで行っているから・・・。
「おばあちゃんが残したものと、自分で買ったものを合わせて、嫁にプラチナのリングを創って上げたいのです・・・」とN様が来店下さった。
N様の御子息夫婦は学生結婚だそうで、若かった為に、お嫁さんのご両親から反対され、とうとう結婚式を上げず終いだったという。わたしには、あのなつかしい「神田川」というフォ-クソングが聞こえているかのように感じられた。
ご一緒に、30歳半ばという健気なそのお嫁さんに似合いそうな、"お互いに支え合って生きましょう"というデザインコンセプトを基に考えた結婚リングを選び出した。そして、なおも"果たして彼女が喜んでくれるかどうか?"と心配する息子の母親は言葉は続けた。「お嫁さんはね、学者の道を選択した息子を、パートで働きながら、ずーと支えてくれているのよ・・・」
しみじみ語る口調には、都会に住む息子夫妻を毎日想い、心配し、嫁に対する感謝の想いに溢れて、同年輩の私の心にもこの想いは共鳴した。"どうか、このプラチナリングがお嫁さんを喜ばすことが出来ますように!"祈りはまだ続いている。
昭和58年秋に開店した私の店は、それ迄私のデザインを採用製造していた工場から、直接仕入れて販売するというスタートであった。当時は、日本に"鋳造"技術が定着した直後で収めたデザインは、一つの原型で大量に生産されていた。
ほぼ20年を経た現在、まだまだ少量ではあるが、その頃の見覚えのある製品が、リフォームされるべく目の前に登場する様になって、何か申し訳ないような気分にもなるが、一方では、自分の感性が時代と共に確実に進歩してきたという喜びを密かに感じていて、人生の前半期に努力したことを後半期で訂正し尽くしたいものよと、前向きに楽しんでいる。
Yさんに買って頂いたルビーのリングとヘッドはその様な見覚えのある品だった。ご主人がタイへ"農業指導"に行き、現地の方のお世話でサファイアを買ってきたので、作り替えたいと来店なさる。「リングもヘッドもなんとなく淋しくなって・・・・、私は数はいらないので・・・」という理由で、ルビーとサファイアを一緒にして創ることになる。
確かに45歳位以降は、ほとんどの方に重厚さが加わり若い時のジュエリーは似合わなくなる。そうなることが自然の理に合致していると思っている。Yさんのリングは良質の小判型のサファイアを中石にし、角型をヘッドに使用。材料を余さず、精一杯シンプルに、と考えた。善良で控えめで、華美がにがてなYさんが、心地よく使って下さる様に願いながら・・・・・。
最初は近くにお住まいのお姉様からご紹介戴き、ルビーとラベンダーヒスイで、リングとヘッドのセットを創らせて頂く。長い指は、関節を越すと細くなっていて、リングがぐるぐると回り易い。その為に、広いリング幅をお勧めした。ルビーの赤い色は白髪に良く映えて、上品かつチョッピリ愛らしく見えるH様。
その後ご主人様と一緒に来店され、姪御様の結婚式になさりたいとかで、ブラックパールのイヤリングを注文戴く。御二人の静かな会話から、生活の中に"美"を忘れてはいない精神の豊さが感じられ、好ましく思えた。
1年位あと、偶然にも自治医大のエレベーターの中で、H様の御主人にばったり出合い、H様が脳腫瘍で手術をする、という心底からの憂いを知った。思わず、肌身離さず持っていた御守りを渡しつつ「手術は成功します!」と自分自身にも言い聞かせて言った。
2年後奥様から突然お電話を戴いた。「主人がガンなの!」自宅へ伺うと、奥様の回復を喜び、あの時の"御守り"を大事にしてくださっていた。優しい御二人の生活が続きます様に!とそれからは毎日数回祈っていた。
その後、「ホスピスに入りました」というお手紙を頂き、ある朝「主人が旅立ちました。・・」という、奥様の暗い夜空を静かに照らす月のような、悔いのない声を聞いた。そして1年後、御主人様からプレゼントのリングをリフォームにお持ちくださり、共に面影を偲んだ。
「元気をもらいにきたよ!!!」と言って、近所で頂いたという野菜を持ってチョクチョク顔を見せに来られる方がいらっしゃる。開店当時からもう20年以上のお付き合いで、有り難く貴重な存在となっている。
現在の様に頻繁にお見えにはなっていなかった12年前の頃、丸1年間ばったりと足が遠のいていた時期があった。「どうしたのかしら?」と思いつつ時を過ごしていたある日、久々にお見えになり、「高校生の娘が事故にあって大変だったの・・・。頭蓋骨を骨折して片目を失ったけど、命が助かったから良かった!!」と微笑まれた。
「事故当時の様子を見て主人は、"諦めよう(娘の命を)"って言ったけど、産んだ私は"絶対に諦めない!"と思ったの。看病も全然辛くなかったし、娘がうわ事で"お母さん、お母さん!"って頼ってくれて嬉しかった!」と。
「ウッワー!、大変だったねー!!」と、同じ女の子を持つ私はショックを受け、"五体満足な女の子を授かった親の嘆きはいかばかりか!?"と思えたのだが、彼女から聞く言葉は、体験者が語れる、"真の母心"で、空の広さと、海の深さと、太陽の暖かさも感じられて、"自然の恵み"そのものだと思った。
しばらくして、「自分へのご褒美に指輪を創ろうと思って・・・」と注文下さった。大きな愛を表す人に相応しい、大きなデザインを一生懸命考えた。
微笑みながら入って来られた。通りに設置の当店の赤い看板を時折見ていて、「長い間しまっておいた母の形見を持って来たのですが・・・」とおっしゃった。シンプルなアメジストリングで「私には大き過ぎて似合うかどうかわからないのですが、石の色が好きなもので・・・」と。
目を大きく見開いてお話しなさるとき、女性の愛らしさと正直さが見えていた。「今はリングの幅が細いので特別大きな石に見えますが、デザインの仕方でお似合いになりますよ」とお答えする。「着物でも似合うように・・・」と要望なさった。
三ヶ月程たって程たって取りに見えた時の感激ぶりは忘れ難い。目を丸くなさって話し続けた。「いつかはこの石をと思っていました・・・。私は可愛いのが好きで・・・、こんなになるなんて・・・、これなら私にも使えます・・・」とまるで童女の様に喜ばれ、私も有り難く嬉しかった。
大きなアメジストの石枠の左右をハート形に切り抜いて紫色が見える様にしたのは、愛らしさの演出ではあるが、この石を残された母親の愛が、娘の手に放射されれば、と考えての事であった。
たぶんこのアメジストは、彼女の喜びを充分に吸収し、より強い放射を与えるだろうと思われた。一番喜んでいるのは彼女の母親だろうから・・・。
小柄でショートヘアの良くお似合いの女性が来店。宇都宮の方で当店のカタログに出会い、2月に行われた結城のマラソン大会に出場されて、当店の場所も分かったという御縁のある方だった。
御主人からプレゼントされた婚約リングがしばらく眠ったままなので、出来ればヘットとリングを作りたいとのこと。
シンプルで気取りのないデザインは、見本を参考にして頂き、すぐに決まった。お人柄も率直で気取りがなく、マラソンの素晴らしさを語る目の輝きには、世間や家庭のわずらわしさから離れて、夢中で没頭しえる魂の喜びが映っていた。悲しいかな、この至福は家族といえども共有できるものではないらしい。御主人は知的派なので、マラソン大会は独りでさっさと出かけ、自分は行動派だという。
出来上がった時は、成人したお嬢様と来られて、彼女のもう一つの喜びは"ねこのいる生活"だと話して下さった。私もこれには痛い程共感できて、先頃死んでしまった看板ねこラーマとの思い出に涙があふれ出てしまった。
二~三日後、数匹のねこが楽器をひいている素敵な絵はがきが届き、優しい慰めの言葉が添えられていた。彼女の心が澄み切った青空の様に感じられ、言葉は風のように爽やかで心地良かった。